藤浪晋太郎 阪神タイガース 2016年 カレンダー 壁掛け B2

なんのかんので勝つのがすごいんだけれど。

きょうの藤浪晋太郎は実況解説も言っていたとおり、なんだか急いでいるように見えた。
セットから投げるモーションのときの「ガバアアッ」が「ガバッ」くらいだった。いつもならガバアアッと両足を広げ低く沈み込み、右腕が凶暴に振り切られるというかんじ(上図参照)なのに、ガバッ、ピュッというかんじに見えた。蛋白というか。

卓上 阪神タイガース 2016年 カレンダー 卓上

しかし、9回裏の投球には見応えがあった。
投球というか、失意の表情に見応えがあった。
すこし駄々っ子の雰囲気さえあった。マウンドを降りなあかんの〜、という。

やはりこう言える、グラウンドは選手を丸ハダカにするのだ。かねてから言っているが、プロの怖さとは球速やスイング、打球の速さではない。衆人環視のもと、その人物がもつ根源みたいなものが晒されることだと思う。この根源を「底」と表現してしまうと、意味が「限界」と捉えられるかもしれないが、これだと半分当たって半分外れている。うーん、なんというか、「内臓」というか。マア、その人物の生い立ちやバックボーン、ベースとなる考え方までも知れてしまうというか。底にも色々あるんだけど。

これはなんのスポーツでも言えることであり、業界は違えど例えば歌手なんかでもコンサートやライブで底が晒されることはある。歌手であれば、「ナマで見るとヘタだな」という底もあるにはある。一方でこんなのもある。自分の好きな昔の歌い手さんのカバーを始めたりして底をあえて見せたりするのだ。昔、絢香という歌手のライブ映像を見たとき、キャロル・キングの曲をカバーして歌っていたのだがその曲だけ歌い方がUAだった。UAのキャロル・キングといえば彼女のライブ盤に収録されている。絢香陣営の想定はキャロル・キングだったのだろうが、ワタシはもうひとつ深いところにUAを見た。「ハハーン、そういうことか」などとしたり顔したものだ。

話が逸れた。
プロなら感情を出すにも計算が必要だと思うのだけど、藤浪が見せた表情には計算が感じられなかった、ひとりの21歳の若者という印象を持ってしまった。

藤浪に球界全体を覆うほどの魅力があるのはまさにここだ。球速?ノンノン、変化球?ノンノン、完投能力?ノンノン、恵まれた体躯?ノンノンノン!である。これらも魅力には違いないだろうが、藤浪の魅力とは感情であると確信した。もうこうなれば、派手なガッツポーズさえ不必要。きょうのような表情が見ることができたので、次の試合でたとえば打たれて無表情を装いマウンド降りる、その風景でさえも感慨深い。

参考文献

藤浪晋太郎は「底が丸見えの底なし沼」である。 : ちな虎

お知らせのあとは「ちな虎」からのおねがいがあります!

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